ゼロの愛人 第4話


「クロよ。ではお前は、私に食事をするな、と言うのか?」

お前はひどい奴だな。
漆黒の仮面に漆黒の外套を纏うゼロは苦笑交じりにそう言った。
鴉の濡れ羽のような艶やかな黒の髪に黒のシャツとスラックスに白いエプロンという出で立ちのクロと呼ばれた青年は呆れたように息を吐いた。

「そうではない、人前で堂々と食事をしようとするなと言っている。これ以上ゼロのイメージを崩すな」
「仕方がないな・・・」

ゼロはため息と共に肩をすくめると、手袋に覆われたその手をすっと前へ差し出した。
そして、その美しい顔に怒りを乗せている青年の頬を撫でる。
その様子に、全員が息をのんだ。
青年は不愉快気にますます眉間に皺を刻むだけで、その手を払う素振りはない。

「では注文をするから、上に届けてくれないか」
「・・・いいだろう。そうだな、上にはまだカレンがいるのだろう?今日は野菜いため定食に冷奴をつけてやる」
「選ばせない気か?」
「お前もカレンも普段から肉ばかりだからな、野菜が足りなすぎる。・・・それとC.C.用にピザも用意しよう」
「ククククク、いいだろう。では、楽しみにしていよう」
「ああ、楽しみにしていろ。だからさっさと帰れ・・・」

やっといなくなるとほっとした青年は、視線をゼロから周りに向けた。その視線が驚いたように一点に止まると、それまでの厳しい表情を一転させ、優しさにあふれた美しい笑みを浮かべた。

「・・・ロロ?ロロじゃないか!」
「兄さん!」

青年はゼロなどもうどうでもいいと、席に座っていた茶色の癖っ毛の愛らしい少年へ駆け寄ると、人目をはばかることなく強く抱きしめた。

「兄さん、苦しいよ」
「ああ、すまないロロ。だが、どうしてここにいるんだ?何かあったのか?」
「何かあったって・・・兄さんが、僕を置いてここ来た以上の何かなんてないよ」
「それは・・・だがロロ。お前はここにいてはいけない」
「何言ってるんだよ兄さん、僕の家族は兄さんだけ。兄さんがいる場所が僕のいる場所だよ。それとも・・・会いたいと思ってたのは僕だけなのかな?」

じわりとその大きな瞳に涙を滲ませたロロに、ルルーシュは再び抱きついた。

「そんな事あるはず無いだろう!会いたかったよ、ロロ」
「兄さんっ!」

ひしっと抱き合う美しい青年と愛らしい少年。
場所がこんな大衆食堂の一角ではなく、尚且つ青年が食堂と大きく書かれたエプロンをしていなければ、きっと感動的だったに違いない。
だが、眼福には違いなく、あちらこちから感嘆のため息が漏れ聞こえた。

「成程、彼が噂の弟か」
「・・・なんだ、まだいたのかゼロ」

背後から掛けられた声に、ルルーシュは鋭い舌打ちと共にゼロを睨みつけた。
甘くとろけるような笑顔と、鋭く睨みつける表情のギャップはなかなかに凄い。
声も明らかに違う。
ギャップ萌えにより、青年に熱い視線を向ける人間がこの食堂内に量産されていった。
これはよくないなと、ロロはその顔に笑みを乗せながらも冷静に周囲を確認した。
後々リストに加わる可能性のある面々だから今のうちに覚えておかなきゃね。
愛らしい笑顔の下で恐ろしい事を考えているなんて、誰も知らない。
そんなロロを背に、再び青年はゼロの正面に立った。

「まったく、クロは酷い男だな。彼が噂の弟君なら、上で丁重にもてなそうと考えていただけだ」
「上で・・・?」

上と言う事はゼロの居住区兼作戦会議室(と言う名目のカレンとC.C.の溜まり場)か。
その時、青年はハッとなり辺りを見回した。

・・・周りの視線が、おかしい。

気付かれた!と、辺りに居た人たちはさっと視線を外した。

こいつらまさか・・・まさか、ロロに?

ルルーシュはすっと目を細めた。

ロロは偽の弟だから何をされても構わないが、俺はあくまでもブラコンだ。
設定上それに沿わない行動をしたことで、この蓬莱島に忍び込んだブリタニア軍のスパイに知られ、何らかの方法でスザクの耳に入ったらまずい。それにロロは暗殺者だから自分で自分の身を守れる。だが、そんな姿を万が一にも監視カメラに残してしまった場合取り返しがつかなくなる。
そう、俺はロロの事など愛してはいない。
いくらナナリーに似た愛らしい顔立ちで、ナナリーに似た髪の色、そしてふわふわで柔らかい髪質。俺を本当の兄の用に慕い、不安げにこちらを見てくる姿もまた愛らしいが、それはナナリーに似ているからそう見えてしまうだけで、俺はこの弟に愛情など欠片も感じていないのだから・・・。
つまり!仕方がないが、兄としてロロの安全を確保しなければいけないという事だ!仕方なくな!
こんな野獣の目をした連中の前にさらしておけるか!!
こいつは俺がぼろ雑巾になるまで使う事にしてるんだからな!

自分で自分に言い訳をする理由は考えないことにし、どうにか自分を納得させたルルーシュは、ニッコリと笑顔をロロに向けた。

「ロロ、ここで食事を?」

先ほどよりも柔らかい口調で尋ねられ、ロロは慌てて頷いた。

「さっき、本日のお勧めを頼んだんだ」
「あの注文はロロのか。では、腕によりをかけて作らなければな」
「兄さんが作っているの?」
「ああ。楽しみにしていろよ?」
「うん!」
「・・・クロ」
「ああ、すまないなゼロ。悪いがこの子も上に連れて行ってくれないか?カレンとC.C.とは面識があるから、二人に預けてほしい。ロロ、お前の分もすぐ持っていくから、上で食べなさい」
「うん、解ったよ兄さん」

ロロは愛らしい笑顔で頷くと席を立った。

「ではロロ、ついてこい」

そう言うと、ようやく台風の目であるこの蓬莱島の最高権力者であり黒の騎士団総司令ゼロは大衆食堂を後にした。

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